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愛の橋を渡る

 

 

 

愛の橋の全面通行止めが急遽15日からになったと

そんなお知らせがブンテンに届いたのは

3月8日のことでした

 

 

老朽化により架け替えが決まり

数年のうちに姿が変わることは

もちろん承知していたことですが

それはまだ少し先のことと

そう思っていたので

3月15日には通れなくなってしまうという

このお知らせはちょっと衝撃的でした

 

 

・・・・・・・ 

 

 

西町と港町をつなぐ愛の橋

 

車が一台ようやく通れるほどの

小さな橋

 

 

 

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橋向こうの子ども達が

雨の日も雪の日も

大回りをして学校に通わなければならないことを

大変不憫に思った藤原金物店の店主さんが

私財を投じて初代の橋を作られたのは

昭和4年のこと

クリスチャンだった藤原さんの信条

『汝の隣人を愛せよ』から愛の橋と名付けられたという

この橋の誕生にまつわる話は

小学校で用いる道徳の資料にも掲載されていました

 

 

 

 現在のこの愛の橋は2代目になり

昭和31年に架けられたものなのだそうです

 

  

 

 小さな橋だけれど

ここにこめられた思いも

担ってきた役割も大きかったですね

 

 

 

 

 

この通りで活動をしてきた

我が愛の橋商店街の面々にとっても

まさに

大きな大きなシンボルでした

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

     愛の橋から見る八尾川橋と

八尾川沿いの景色

 

   

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港町側の左岸には船がずらりと停泊しています

漁師町らしいこの気配

 

 

  

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そして

西町側の右岸には

川にせり出すようにして立ち並ぶ家々

 

今でこそ少なくなりましたが

昔はずらりとお店が並んでいた西町通り

商品の運搬運び出しなどに

この川は一役買っていたのでしょう

 

家々の間には「おりと」と呼ばれる川への降り口があり

川とともにくらしがあった

そういう時代の名残を伺わせています 

 

 

あ~・・・いつみてもいい景色だなほんとに

 

 

 

 

 

この低い欄干は危ないと誰かが言ってました


そういえば

余裕で腰掛けられる


小さな子どもも身を乗り出して

魚がいるかなーと

川を覗き込めちゃいますしね


千鳥足でこの橋を歩いたりなんかしたら...


アブナイアブナイ


けれど

この欄干のおかげで

川がぐんと近く感じられるのです

 

  昔々のいたずらっこは

この橋の欄干を歩いて渡ったりしたとかしないとか

 

 

 

新しい橋になれば

この景色の見え方も変わってしまうのでしょうか

 

 

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もうこの橋は通っちゃだめと先生に言われたと

春の日差しの中を駆け足で帰っていく小学生

 

今まで毎日のように

この橋を通っていたのにね

 

 

 

 

この次

この橋が生まれ変わり

新生愛の橋として開通する頃には

この子たちはもう中学生です

 

 

 

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昭和31年から平成30年まで…

  

昭和の時代を約半分と

平成の時代をほぼすべて

 

港町と西町をつないできた小さな橋

 

 

平成の時代が終わろうとする今

この橋も役目を終え

新たな橋へと生まれ変わる準備に入ります

 

 

 

『渡れない橋なら渡れる橋にする』

 

 

この橋が担ってきた役割と

この橋の歴史を思うと

それはごくごく当然のこと…と

 

  

分かってはいるけれど

やっぱり寂しいですね

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

3月14日の夜

店長さんと愛の橋まで行ってきました

 

 

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愛の橋から見た夜の天神橋

夜の八尾川

 

 

 

 

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風のない夜の八尾川は鏡のようで

八尾川沿いにくらす人々のくらしを映しこみます

 

 

こうしてみると

 

美しい町だな~と改めて思います

 

 

 

そして

なんだかこの美しさがしみてくるのです

 

今さらに…

 

じわじわじわじわと…

 

 

 

 

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夜が明けたら

もう

この橋を歩くことはできません